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大阪高等裁判所 昭和43年(う)227号 判決 1968年7月24日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用のうち、証人大川美浩に支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中業務上過失致死の事実につき、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人稲垣貞男作成の控訴趣意書および追加控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反に関する論旨について。

所論は、原判決は本件業務上過失致死の事実(原判示第一の事実)を認定する証拠として司法巡査作成の実況見分調書を挙示しているが、同調書には司法巡査道浦守等が実施した本件交通事故現場の実況見分に被告人が立会し、その指示説明に基づいて実況見分をなした旨の記載があるところ、被告人は右実況見分に立会指示説明した事実はなく、従って右調書中の右の記載は虚偽であって、事実を正確に記載したものではないから、証拠能力のないものというべきである。しかるに原判決がこれを証拠として採用しているのは、明らかに訴訟手続に関する法令に違背しているというのである。

しかし、≪証拠省略≫によると、本件交通事故現場における右実況見分に被告人が立会し、右交通事故発生当時の状況等について指示説明をし、それに基づき実況見分した結果が右実況見分調書に記載されていることは優に肯認されるのであって、右の記載が所論の如く事実を正確に記載していない虚偽なものであって、証拠能力のないものであるとは到底思料されない。もっとも≪証拠省略≫には、所論にそう趣旨の供述がなされているけれども、右は前掲各証拠に比して未だ信用するに足りないものといわざるを得ない。

よって、右実況見分調書を証拠に採用した原判決に、所論の如き訴訟手続の法令違背があるとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、本件酩酊運転の事実(原判示第二の事実)に対する事実誤認の論旨について。

所論は、原判決が本件酩酊運転の事実を確定する証拠として挙示している司法巡査大川美浩作成の酒酔い鑑識カード中の被告人のアルコール保有量についての検査結果並びに右検査当時における被告人の歩行能力、言語その他の挙動態度等酩酊状況に関する記載は、極めてその正確性の疑わしいものであって、未だ信用するに足りないものであり、また他に右酩酊運転の事実を首肯するに足りる何等の証拠もないのにかかわらず、原判決が右事実を肯認しているのは、明らかに事実を誤認したものであるというのである。

しかし、≪証拠省略≫に徴すると、右酒酔い鑑識カードの内容は十分信用するに価するものであって、≪証拠省略≫を総合すると、本件酩酊運転の事実は、原判決も詳細に説示している如く優に肯認できるものといわざるを得ない。

従って、原判決に所論の如き事実誤認が存するものとは到底思料されない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、本件業務上過失致死の事実(原判示第一の事実)に対する事実誤認もしくは理由不備の論旨について。

所論は、被告人がその運転する普通乗用自動車を本件交通事故現場の道路上に停車させ、その運転席右側の扉を開けて降車したところ、原動機付自転車を運転して進行して来た梶山尚純が、被告人の車の右扉に激突して路上に転倒した本件接触事故につき、右の事故は右梶山が前方注視を怠っていた同人の一方的な過失に因るものであって被告人には何等の過失も存しないのにかかわらず、右事故の発生については被告人にも責められるべき注意義務の懈怠があったとして、その刑責を肯認している原判決には、事実誤認もしくは理由不備の違法があり、またかりに被告人に右接触事故について過失の責任があるとしても、右梶山が路上に転倒したところを折柄同所に普通乗用自動車を運転して進行してきた下田忠三が、同自動車で右梶山をはね飛ばし、その結果同人を頭蓋内出血等により死亡するに至らせたものであり、右致死の結果発生に関しては右下田の行為が介存しており、そのため被告人に帰責すべき因果関係は絶たれているものというべきであるから、被告人に問うべき刑責としては右梶山に対する業務上過失傷害の範囲内にとどめるのが相当であるというのである。

よって、検討してみるのに、≪証拠省略≫を総合して考察すると、被告人は、その使用人の大東徹義が送風機を運搬、据付のため普通貨物自動車を運転して出発した後同人に到着先を記載した紙を渡すことを失念していたのを想起し、これを渡すため普通乗用自動車を運転して右大東を追い駈け、本件事故現場の直前で同人運転の右貨物自動車を発見したので、同人に合図して停車させ、その前方に出て自車を停車させたこと、同所は車道の巾員一七米の国道一号線上の道路で、その両側に歩道が設けられ、また左右の各車道はいずれも三通行帯に区分されており、平坦かつ直線の見透し良好な場所であって、主要国道であるため交通量は当時においても相当多かったこと、右大東運転の貨物自動車および被告人運転の乗用自動車は、いずれも巾員二、五米の第一通行帯上に車首を北方に向けて停車し、被告人運転の自動車は右貨物自動車の前方約一二、七米の地点に停車していたこと、そして右大東運転の貨物自動車左側と歩道との間には殆んど間隔がなく、同車の右側はほぼ第一通行帯と第二通行帯との区分線上にあり、また被告人運転の乗用自動車は、その左側が歩道から約八五糎従って同車の車巾が一米四四糎であるので、その右側は右区分線まで約二〇糎の間隔であったこと、被告人はその運転する右自動車を停車させてからエンジンを停止させる等所要の操作を行った後助手席の前のボックスから右大東に手渡す到着先を記載した紙片を取り出したうえ、バックミラーで後方を確認したところ、近接した場所には進行して来る車輛はなかったので、運転席に腰かけたまま運転席右側の扉を少し開いて肩越しに再び後方の安全を確めたこと、その際後方に停車中の右大東運転の貨物自動車が右の如く殆んど第一通行帯の道巾一杯にまたがっているため、同車に遮られてその後方の状況は確められない状態であったが第二および第三通行帯を進行接近して来る車輛は前照灯の光が望見できる程度で未だ近接している状態ではなかったので、そのまま扉を半開きに開けて車道に降り、自車車体右端から道路中央側に向って約三〇糎突き出た半開きの右扉の上縁に右手をかけて運転席入口の方に体を向け、右扉と右入口との間に身体を挾むような恰好で路上に立ち、その頃既に右大東運転の貨物自動車から下車して被告人の方に向い歩道上を数歩近づいて来ていた使用人の東彰に話しかけようとした時に、自車右後方から原動機付自転車を運転して進行してきた梶山尚純が、同自転車の前部を前記のように半開きになっていた右扉に衝突させ、その衝撃で同人は被告人の自動車の右前方の第二通行帯右側付近に転倒したこと、右梶山は右自転車を運転して第一通行帯を進行していたが、前方第一通行帯上に停車している大東運転の右貨物自動車に進路を塞がれたので、同車の後方から第二通行帯上に転進し、その右側方を通過するとともに再び第一通行帯に入ろうとして進路を左に転じた結果、被告人の自動車の半開きされていた右扉に接触したものであること、そして右接触によって右扉は更に開かれるという状態になることなく、右の半開きの状態のままで破損しており、しかもその破損部位が丁度右後方に向っている部面およびその周囲の外側(右側)の部分であることに徴して、右梶山運転の原動機付自転車は第二通行帯から第一通行帯に向って左に転進する際に、半開きになっていた右扉の角度と概ね一致する角度で右後方から斜に進行して来て、これと接触したものと思料されること、当時被告人は右自動車の車内灯および尾灯を点灯しており、また同所付近の歩道上に街灯が設置されているので、被告人の車が停車し、かつその右側扉が半開きになっている状態は容易に確認できる状況にあったものと考えられることが、それぞれ認められる。

そこで、右の如き右接触事故の状況および経緯に徴し、右事故の発生が被告人の自動車運転者としての注意義務を欠いていたことに起因するかどうかについて考究してみるのに、およそ自動車の運転者は、交通の円滑および安全の維持に必要な予見と注意をなすべき義務があり、予想される危険を回避するに必要な措置を怠ってはならないのであって、その運転する自動車の乗降口の扉を開閉するに際しては、他の交通の妨害とならないことを確認して慎重に操作すべきであり、乗降のために道路中央側のの扉を開こうとするときは、自己車の後方より進行して来る車輛の状況をよく確め、その通行の妨害とならないように考慮するとともに乗降後は速やかに扉を閉鎖することを配慮すべきであることは、原判決も説示しているとおりである。

しかし前示認定の如く、被告人は右自動車を停車させて運転席右側の扉を開けて降りるに際し、後方の交通の安全を確認する措置を講じているのであり、その折右梶山尚純運転の原動機付自転車は、被告人が後方の安全を確認したうえ降車のため右扉を半開きに開けてから右接触事故が発生するまでの時間的関係並びに被告人の自動車と前示大東徹義運転の貨物自動車とが停車していた位置の双方の距離関係に照らし、未だ右貨物自動車の右側方付近にまでは進行して来ていなかったものと考えられ、従って被告人が右梶山の進行して来るのを見落していたものとは思料されず、また被告人が右扉を開けて降車してから右接触事故を惹起するまでの間には、前示認定の如く極めて短時間しか経過しておらず、未だ右扉を開けた後速やかにこれを閉鎖せず、そのまま放置していたものと認むべき程度にまでは達していなかったものと考えられる。

そして、前示認定の如く右梶山尚純が原動機付自転車を運転して本件事故現場道路の第一通行帯を進行して右大東運転の貨物自動車の後方に迫り、その右側方の第二通行帯に進出して同車を追い越した後再び第一通行帯に進入しようとして進路を左に転じ、被告人の自動車の半開きされていた運転席右側の扉に接触するまでの進行状況に、右の如く被告人が運転席右側の扉を開けて降車するにあたり、後方の安全を確認した際には、右梶山運転の原動機付自転車は未だ被告人が確認し得る位置関係にはなかったものと思料されることを参酌して考察すると、被告人としては右梶山が右の如き進行方法を採って近接して来ることは予測しなかったものであり、またその予見可能性もなかったものと解するのが相当であるのみならず、さらに右梶山が第二通行帯から再び第一通行帯に進入するため進路を左に転じたときの進行状況は、前示認定の如く道路中央側に向って車体から約三〇糎突き出ている半開きの状態の被告人車運転席右側扉の角度と概ね一致する角度で右後方から、斜に進行して行ったものであることを考慮すると、かりに被告人において右扉を開けていなかったとしても右梶山運転の原動機付自転車が被告人車の運転席右側付近に衝突することは避け得なかったものと認められるのであって、被告人にとっては当時の状況において右衝突はこれを避ける方途のなかった不可抗力のものであったと解される。むしろ、右接触事故発生に至るまでの右の如き経過に、前示認定の如く被告人の車が右事故現場の道路上に停車していることは容易に発見し得る状況にあったことを併せ考えると、右接触事故は右梶山が前方注視を懈怠していた同人の一方的な過失によって惹起されたものと見るのが相当である。

従って、右接触事故については、被告人に責められるべき注意義務の懈怠はなかったものというべきであるから、これについて被告人の業務上過失の刑責を肯認した原判決は事実を誤認したものといわざるを得ない。論旨は理由がある。

よって、所論の右梶山の死亡の結果について被告人には刑責を帰せられるべき因果関係がない旨の論旨について判断するまでもなく、原判決は既に右の点において破棄を免れない。

右説示の如く、原判示第一の業務上過失致死の事実に対する事実誤認の論旨は理由があり、同第二の酩酊運転の事実に対する事実誤認の論旨は理由がないが、原判決は右第一および第二の各事実を刑法四五条前段の併合罪として一括処断量刑しているので、原判決はその全部についてこれを破棄すべきものである。

よって、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年六月七日午前零時頃大阪府守口市佐太東町一丁目四五番地先道路において、呼気一リットルにつき〇、五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により車輛の正常な運転ができないおそれがある状態にありながら、普通乗用自動車を運転したものである。

(証拠の標目)

右の事実は、

≪証拠省略≫

を総合して、これを認める。

(法令の適用)

被告人の右の所為は、道路交通法第六五条、第一一七条の二第一号、同法施行令第二六条の二に該当するので、所定刑中罰金刑を選択して、その所定金額範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処することとし、右罰金不完納の場合の換刑処分につき刑法一八条、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用する。

なお、本件公訴事実中業務上過失致死の事実については、前説示の如く結局犯罪の証明がないことに帰するものというべきであるから、刑事訴訟法三三六条後段により無罪を言い渡すこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥戸新三 裁判官 中田勝三 梨岡輝彦)

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